2010年01月09日
コザ暴動40年!
今年、2010年。
コザ暴動から、40年になる。
銀天街が、「本町通り」だったころ。
そこには、
今では信じがたい状況があった。
2009アサヒアートフェスティバルで
「本町通り」を題材に、パフォーマンスをした女性がいた。
彼女の「本町通り」と
ぼくの「本町通り」とは、あまりに違いすぎた。
そのとき、
彼女に感想を求められて
「ぼくなら、まったく正反対の芝居をつくる。」
酔っ払った勢いで言ってしまった約束を
いま、やっと果たすことができる。
新年そうそう、重い話題で
恐縮ですが
時間のある方は、読んでみて下さい。
募集もしてないのに
しつこく
勝手に第2回コザ文学賞に応募します。(笑)
こんど、「銀天座」に演じてもらおうっと。
青年部長 仲田
第2回コザ文学賞応募作品。
(ひとり芝居)
「黒人街の赤電話」
ここは、本町通り。
国道330号線をコザ十字路からゴヤ向けに50メートルほど行くと、
照屋1号線の入り口。そこを入ると道幅10メートルほどの細長い通りになる。
通りに面して小さな商店が並ぶ。狭い道幅ではあるが、一方通行道ではない。
すれちがう車両をさけながら、ゆるやかな上り坂を歩く。
1960年代から70年代にかけて隆盛を極めた場所、沖縄県コザ市。
市内でもっとも賑やかな街。通称「本町通り」。
この通りを先へ進んでいくと、別称「黒人街」。
黒人相手のバーが連なり、異様な臭いが鼻につく。
1970年。
この通りにある小さな商店。雑貨屋。マチヤグァー。大城商店。
店の前に赤電話がある。店は朝7時に開き、夜11時に閉まる。
この店のオバー大城キヨ。64歳。この芝居の主人公。
キヨの語りを通じて、芝居は展開する。店の奥が住居。
戦争で夫を亡くし、女でひとつで3人の子どもを育て上げ、
店も一人できりもり。
大城商店は、黒人相手のバーで働く女性たちのたまり場になっている。
キヨは、いつも彼女たちの相談相手。
第1幕
一年でもっとも寒いと言われている2月の沖縄。
店の前にある赤電話。そのそばに立つさえ。24歳。
赤ちゃんを抱いている。生後3ヶ月ぐらい。
小雨が降っている。
(ひとり芝居であるため、実際には見えない。)
(表記の都合で共通語で書いてあるが、
実際は、すべて方言で語られる。)
さえ、こんどは、あんたの番か。寒くないねえ。
電話は、どうせこないよ。
かける所もないでしょ。
みんな、次々、赤電話の前に立つ。
もう、この赤電話,
捨てようかねえと思うさあ。
あんたたちに、へんな期待ばかりさせて。
中に入りなさい。雨にぬれたら、どうする。
赤ちゃん、カゼひかしたら、たいへんだよ。
さえ、あんたは、まだあきらめないか。
もう帰ってこないよ。
あんたはフリムンか。オバーが、いつも言ってるのに
なんで、あんたたちは、聞かんかねえ。
赤ちゃん、名前なんだったか。
あっ、エリーだったねえ。かわいそうに、色まっ黒なって。
大きくなったら必ずいじめられるさあ。「クルンボー、クルンボー」って。
あんたが、フリムンだから、だまされて子どもまでつくって。
ただでさえ、男は、ソーキブニがたりないから、信用できないのに。
よりによって、相手は黒人なあ。
ええ、さえ。よく考えてごらんよ。そうしたら、わかるさあ。
あんたが、黒人で兵隊で、アメリカから沖縄に飛ばされて来たとする。
戦争は、負けそう。明日は、ベトナム行かされて死ぬかもしれない。
戦争行く前に、酒飲んで、女と遊んで楽しみたいさあ。ただそれだけ、遊びさあ。
やりたいだけさあ。毎日やりたいわけさあ。
ほんとは、お金はらって、そういう場所でやらないといけないのに。
あんたは、タダでさせるでしょ。逆にお金もあげたんじゃないか。
相手にとっては、最高さあ。だから、何とでも言うさあ。
さえも言われたんでしょう。
結婚しようとか。必ず迎えに来るから待っていてとか。
オバーは、ずっとここにいるけど、
男が迎えに来た話、聞いたこともない。
誰ひとり、迎えにこない。あきらめなさい。
信じるほうがフリムンさあ。
ほんとに好きなら、一緒に連れて行く。それができなければ、
すぐ迎えに来るなり、連絡するなり、するはずさあ。
ほんとに好きなら、こんなに人は待たさない。
あんたたちのこと、
たぶん、男はアメリカで思い出しもしないはずよ。
ヤナ、クルンボーター。
女はみんな、ばかみたいに待ってるだけさあ。
寒いでしょう。なかに入って。
だけど
エリーには、何の罪もないからね。
クルンボーでも、子どもはかわいいさあ。
はいはい、オバーのところにおいで。
はいはい、オバーとあそぼう。おいで、おいで。
第2幕
店の奥、住居。キヨ、エリーをあやしている。
エリー、ごめんね。お母さんおそいね。
赤電話が鳴って、呼ばれて喜んで行きよったけど。
新しい男が出来たみたい。
また、だまされないかね。また、クルンボーかねえ。
エリーも一緒にアメリカに連れて行ってあげるって言われたって
喜んでいたけど。オバーは心配さあ。
早く帰ってこればいいけどね。胸騒ぎがする。オバーは、クルンボー嫌いよ。
今まで、店のもの盗まれたり、酔っ払って店こわされたり
警察に届けても何の意味もない。みんなクルンボーの勝手ねえ。
この前なんか、朝はやく、クルンボーが、店の金庫もって逃げたわけ。
わたしが、どろぼー、どろぼーって、大声で叫んだから
近所の兄さんたちが、つかまえて、警察よんだわけ。
そしたら、警察が言うには、大城さん、次からは、つかまえたら
足腰たたんように、コロしてから警察に電話したほうがいいよって
言われたさあ。どうせ、つかまえても、みんな無罪。何やっても無罪。
おかしな世の中。アメリカ人は、沖縄の人に何しても無罪。
だけど、へんな話。この前、内地の人だはず、たばこ買いに来て、
オバーの店は、黒人がいるから繁盛していいねって。
最初、意味わからないから、なんでねえって聞いたら、
この店のお客さんは、ほとんど、黒人相手のバーで働いている人たちだから、
黒人のおかげで、この店もやっていけるんだよ、感謝しなさいって。
そう言われて、わじわじーして、塩まいて追い出したあ。
やな、ナイチャーや。勝手なこと言って。
なんで、わたしが黒人に感謝しないといけない。
オバーは、絶対、黒人、好きになれないさあ。
エリー、お母さん、おそいねえ。心配だねえ。
よしよし、よしよし・・・・。
(突然、赤電話が鳴る。)
はいはい、はいはい。今とります。
エリー、お母さんかねえ。
第3幕
葬式。店の奥、住居。さえの遺影が置かれている。外は雨。
キヨ、ひとり座っている。泣き続けている。エリーが横で寝ている。
(キヨ、遺影に向かって、語りかける。)
「なんで・・・・。殺される。あんなにいい子が。
道のそばに捨てられていたって。
雨にぬれて、かわいそうにとっても冷たくなっていたって。
沖縄の女は、犬とおなじか。
やられて、捨てられる。
顔もはれて、身体中、血だらけで
ひどい状態だったって。
さえ、フリムン。また、だまされて。
俺が子どももいっしょにアメリカに連れて行ってあげるって。
黒人に言われたって。そして、あんたは、また信じたわけ。
なんで、信じる。
なんで、クルンボー信じる。
そして、殺されて。捨てられて。
さえ、フリムン。
オバーが代わってあげられたら・・・・。
ああ・・・、こんなことがある。
ああ・・・、なんで、こんなことがある。
沖縄人は、戦争でいじめられて、
それでも、がまんして、今の生活を。
こんな小さな生活もできない。
苦労しても
がまんしても
せめて
夢をみて
幸せになろうとしても
結局ころされる。
この世の中は、
誰のためにあるか。
さえ、あんたは、身内がみんな戦争でやられて
バーのママが同じ伊江島の人だからって
ここに来て。
一生懸命はたらいて、少しは貯金できるぐらいになって。
せめて、人並みの幸せを願って。
あんたは、おりこうすぎる。
黒人にだまされて、子どももできて。
なんか、いいことあったねえ。
オバーは、だんなに先立たれて
ひとりで、子どもたち3人育てるのと店するので
とっても大変だったけど、
今は人並みの幸せは感じていた。
あんたたちが、オバーのところに来て
おしゃべりしてくれるのも本当に楽しかった。
さえ、あんたなんか、いいことあったねえ。
かわいそうに。
オバーが代われるものなら・・・・・。
(キヨ、エリーを抱く。)
エリー。
強くなりなさい。あんたは、黒人だから。
あんたは、とくに強くなりなさい。
大きくなったら、みんなに
「クルンボー、クルンボー」いわれる。
負けたらだめだよ。
オバーは、クルンボー嫌いだけど、あんたは別。
あんたは、オバーが育てる。
オバーが育てて、さえの分まで2倍強くする。
おんなは、強くならんとだめよ。
そして、かしこくなりなさい。
ソーキ骨がたりない男とちがうよ。
あんたが男をだますんだよ。
そうしないと、この世は、絶対よくならない。
オバーは、いま、ほんとうに思う。
この世は誰のためにある。
弱い人は、いつまでも損して。
バカみたいに生きて苦労して。
強い人は、いつも得して
自分たちだけ、いつもハッピー。
こんな世の中おかしい。
エリー。これから、ふたり。
強くなろうね。
そして、
バカ男たち、だまして
大金持ちになろうね。
大きな家に住んで
毎日ごちそう食べて
車も買って、遠くまでドライブして、
いろんなとこに遊びに行こうね。
楽しいはずよ。
だけど、エリー。ちょっと、まって。
やっぱり
困っている人がいたら
少しは、分けてあげようね。
(泣きながら笑う。)
第4幕
店の奥、住居。エリーの1歳の誕生日(タンカー祝い)。
キヨの前にごはん、そろばん、えんぴつ、お金、スケッチブックなど並べてある。
エリーがキヨのほうにハイハイしてくる感じ。
(キヨ楽しそう。笑顔で)
エリー。きょうは、あんたの誕生日よ。
沖縄では、むかしから、1歳の誕生日にはね。
こうやって、いろんなものを並べて、子どもに選ばせて取らせる習わしがあるんだよ。
お金とったら、将来お金持ちになるとか。そろばん取ったら計算に強くなるとか。
筆とったら字がうまくなるとか、言われているわけさあ。
エリー、はい、好きなもの取りなさい。
どれ取るかね。オバーは楽しみさあ。
はい、おいでおいで、一番最初はなんかねえ。
エリー、あんたはどこに歩いている。
こっちだよ、こっち。こっちから好きなの取りなさい。
どこに向かっている。そっちじゃないって。
そっちは、仏壇よ。仏壇に供えてあるのは、お母さんのものよ。
お母さんにもあげてよ。あんたは、こっちからと取りなさい。
仏壇に供えてあるのがいいの。おいしそうねえ。それは、お母さんの。
ごはん取るんじゃないの?
ああ、エリー。写真を・・・・。お母さんの写真を・・・・。(泣きながら)
だめよお。おいて。おりこうだから、おいて・・・・。
こっち来て、はい、はい、はい、お金、取りなさい。エリー。
なんでこんなときに写真とるか。
ああ・・・かわそうなエリー。
はい、はい、お金、はい、エリー。
つぎは、そろばん、はい、はい、とって、エリー。
わたしがとったら、意味ないねえ。(ちょっと笑う)
はい、金持ちなれ。金持ちなれ。
はい、そろばん。はい、はい。
リキヤーなれ。リキヤーなれ。
強くなれ。強くなれ・・・・。
(くりかえす。最後は泣いているので言葉にならない。)
(突然、赤電話、鳴る。)
はいはい、今とります。はいはい今とります。
(電話で話してる)
もしもし、おじさん。こんばんは。
えっ、なんで、あわてて。
たいへんなってる?
中の町。はい。えっ、火つけてる。はい。はい。すぐ、行きます。
(電話きる。)
もう、たいへんなった。
エリー、ケーキ食べてる場合ではないよ。
早く出かけるよお。
おじさんが電話で教えてくれたけど、大変なことが起きているって。
中の町で。行くよう、早く、早く。
沖縄の人がアメリカ人の車、引っくり返して燃やしているって。
早く、オバーも行って、協力しないと。
いつまでも、アメリカ人にバカにされて暮らせるか。
エリー、早く、オバーの背中に乗りなさい。おんぶするからね。
ひもでしばるけど、強くつかまえていなさいよ。
今日は、お母さんの敵討ちだよ。
ふたりで一緒に敵討ちだよ。
エリー、ちゃんと見ておきなさいよ。
エリー、ちゃんと覚えておきなさい。
これが、コザ。
これが、ウチナー。
オバーは、ぜったい、負けない。
エリー。ちゃんとオバーの背中につかまりなさい。
絶対はなしたら、だめよお。
はい、出発。レッツゴー。(笑う)
(けたたましいサイレンと赤電話の音がする)
第5幕
現在、2010年。店の前。41歳になったエリー、
肩に名前入りのたすきを掛け、選挙演説。
みなさん、こんど、沖縄市長選に立候補しました
大城エリーでございます。
ご支援よろしくお願いします。
私は、1969年、ここ沖縄市で生まれました。
みよりのない私を育ててくれたのは、
もう亡くなりましたが大城キヨさん、この店を
10年前までやっていた方です。
キヨさんの口癖は、ふたつありました。
ひとつは、
「おばーは、コザ暴動のとき、あんた、おんぶして
みんなと一緒に、アメリカーの車、75台も
ひっくり返したよお。あんた、おぼえてるねえ。
おばーは、燃えたよ。最高だったさあ。」
という話です。
ちょうど、その日は私の1歳の誕生日でした。
はっきりは、おぼえていませんが、
おばーの背中で、赤々とした炎が
ものすごく熱かったような記憶があります。
そして、もうひとつの口癖は
「あんたは、黒人だから、必ずいじめられる。
強くなりなさい。また、みんなにバカにされないように
ちゃんと勉強して、かしこくなりなさい。」
というものでした。
キヨさんは、なんの血のつながりもない私を
育てるだけじゃなく、大学まで行かせてくれました。
私が弁護士になれたのも
すべて、キヨさんのおかげです。
それで、
市長選立候補の第一声は、この店の前でと
決めていました。
有権者のみなさん。
コザ暴動から、ちょうど40年たった今。
私は、大城キヨさんの遺志を継ぐために
立候補しました。
大城キヨさんが
私に教えてくれたこと。
大城キヨさんは、ある意味、戦後沖縄の
オバーたちを象徴している方です。
どんなに苦しくても、けっして弱音を吐かない、
ほんとうに強い、パワーあふれる存在。
戦争で苦労して、青春もなく、
何もかも、すべて奪われて
戦後も、また生きるために必死に働いてきた人たち。
そんなオバーたちが、
それでも、
「やさしさを忘れない」。
「人への思いやりを大切にする」。
私みたいなものを育ててくれた。
「人が人として生きること」は
理屈でも学問でもない。
無学なオバーたちが
その行動を通して
私たちに語りかける。
コザ暴動から40年。
「人が人として生きること」が
できるようになっていますか。
沖縄は、
あれから良くなりましたか。
私たちは、何を得、何を失ったのでしょう。
変わったものと変わらないもの。
私たちは、何をめざしてきたのでしょう。
今のままでいいですか。
私たちが、ほんとうに欲しかったものは、
何だったのでしょうか。
みなさんが、欲しかったものは、
今、手の中にありますか。
私たちが、ほんとうに望んでいるのは、
何ですか。
みなさんが、ほんとうに望んでいるのは
何ですか。
みなさん、チェンジです。
変えましょう。チェンジしましょう。
黒人初の沖縄市長に清き一票を!
(明るく笑顔で)
赤電話が鳴り響くなか、幕。
(岡林の「私たちの望むものは」が流れている。)
コザ暴動から、40年になる。
銀天街が、「本町通り」だったころ。
そこには、
今では信じがたい状況があった。
2009アサヒアートフェスティバルで
「本町通り」を題材に、パフォーマンスをした女性がいた。
彼女の「本町通り」と
ぼくの「本町通り」とは、あまりに違いすぎた。
そのとき、
彼女に感想を求められて
「ぼくなら、まったく正反対の芝居をつくる。」
酔っ払った勢いで言ってしまった約束を
いま、やっと果たすことができる。
新年そうそう、重い話題で
恐縮ですが
時間のある方は、読んでみて下さい。
募集もしてないのに
しつこく
勝手に第2回コザ文学賞に応募します。(笑)
こんど、「銀天座」に演じてもらおうっと。
青年部長 仲田
第2回コザ文学賞応募作品。
(ひとり芝居)
「黒人街の赤電話」
ここは、本町通り。
国道330号線をコザ十字路からゴヤ向けに50メートルほど行くと、
照屋1号線の入り口。そこを入ると道幅10メートルほどの細長い通りになる。
通りに面して小さな商店が並ぶ。狭い道幅ではあるが、一方通行道ではない。
すれちがう車両をさけながら、ゆるやかな上り坂を歩く。
1960年代から70年代にかけて隆盛を極めた場所、沖縄県コザ市。
市内でもっとも賑やかな街。通称「本町通り」。
この通りを先へ進んでいくと、別称「黒人街」。
黒人相手のバーが連なり、異様な臭いが鼻につく。
1970年。
この通りにある小さな商店。雑貨屋。マチヤグァー。大城商店。
店の前に赤電話がある。店は朝7時に開き、夜11時に閉まる。
この店のオバー大城キヨ。64歳。この芝居の主人公。
キヨの語りを通じて、芝居は展開する。店の奥が住居。
戦争で夫を亡くし、女でひとつで3人の子どもを育て上げ、
店も一人できりもり。
大城商店は、黒人相手のバーで働く女性たちのたまり場になっている。
キヨは、いつも彼女たちの相談相手。
第1幕
一年でもっとも寒いと言われている2月の沖縄。
店の前にある赤電話。そのそばに立つさえ。24歳。
赤ちゃんを抱いている。生後3ヶ月ぐらい。
小雨が降っている。
(ひとり芝居であるため、実際には見えない。)
(表記の都合で共通語で書いてあるが、
実際は、すべて方言で語られる。)
さえ、こんどは、あんたの番か。寒くないねえ。
電話は、どうせこないよ。
かける所もないでしょ。
みんな、次々、赤電話の前に立つ。
もう、この赤電話,
捨てようかねえと思うさあ。
あんたたちに、へんな期待ばかりさせて。
中に入りなさい。雨にぬれたら、どうする。
赤ちゃん、カゼひかしたら、たいへんだよ。
さえ、あんたは、まだあきらめないか。
もう帰ってこないよ。
あんたはフリムンか。オバーが、いつも言ってるのに
なんで、あんたたちは、聞かんかねえ。
赤ちゃん、名前なんだったか。
あっ、エリーだったねえ。かわいそうに、色まっ黒なって。
大きくなったら必ずいじめられるさあ。「クルンボー、クルンボー」って。
あんたが、フリムンだから、だまされて子どもまでつくって。
ただでさえ、男は、ソーキブニがたりないから、信用できないのに。
よりによって、相手は黒人なあ。
ええ、さえ。よく考えてごらんよ。そうしたら、わかるさあ。
あんたが、黒人で兵隊で、アメリカから沖縄に飛ばされて来たとする。
戦争は、負けそう。明日は、ベトナム行かされて死ぬかもしれない。
戦争行く前に、酒飲んで、女と遊んで楽しみたいさあ。ただそれだけ、遊びさあ。
やりたいだけさあ。毎日やりたいわけさあ。
ほんとは、お金はらって、そういう場所でやらないといけないのに。
あんたは、タダでさせるでしょ。逆にお金もあげたんじゃないか。
相手にとっては、最高さあ。だから、何とでも言うさあ。
さえも言われたんでしょう。
結婚しようとか。必ず迎えに来るから待っていてとか。
オバーは、ずっとここにいるけど、
男が迎えに来た話、聞いたこともない。
誰ひとり、迎えにこない。あきらめなさい。
信じるほうがフリムンさあ。
ほんとに好きなら、一緒に連れて行く。それができなければ、
すぐ迎えに来るなり、連絡するなり、するはずさあ。
ほんとに好きなら、こんなに人は待たさない。
あんたたちのこと、
たぶん、男はアメリカで思い出しもしないはずよ。
ヤナ、クルンボーター。
女はみんな、ばかみたいに待ってるだけさあ。
寒いでしょう。なかに入って。
だけど
エリーには、何の罪もないからね。
クルンボーでも、子どもはかわいいさあ。
はいはい、オバーのところにおいで。
はいはい、オバーとあそぼう。おいで、おいで。
第2幕
店の奥、住居。キヨ、エリーをあやしている。
エリー、ごめんね。お母さんおそいね。
赤電話が鳴って、呼ばれて喜んで行きよったけど。
新しい男が出来たみたい。
また、だまされないかね。また、クルンボーかねえ。
エリーも一緒にアメリカに連れて行ってあげるって言われたって
喜んでいたけど。オバーは心配さあ。
早く帰ってこればいいけどね。胸騒ぎがする。オバーは、クルンボー嫌いよ。
今まで、店のもの盗まれたり、酔っ払って店こわされたり
警察に届けても何の意味もない。みんなクルンボーの勝手ねえ。
この前なんか、朝はやく、クルンボーが、店の金庫もって逃げたわけ。
わたしが、どろぼー、どろぼーって、大声で叫んだから
近所の兄さんたちが、つかまえて、警察よんだわけ。
そしたら、警察が言うには、大城さん、次からは、つかまえたら
足腰たたんように、コロしてから警察に電話したほうがいいよって
言われたさあ。どうせ、つかまえても、みんな無罪。何やっても無罪。
おかしな世の中。アメリカ人は、沖縄の人に何しても無罪。
だけど、へんな話。この前、内地の人だはず、たばこ買いに来て、
オバーの店は、黒人がいるから繁盛していいねって。
最初、意味わからないから、なんでねえって聞いたら、
この店のお客さんは、ほとんど、黒人相手のバーで働いている人たちだから、
黒人のおかげで、この店もやっていけるんだよ、感謝しなさいって。
そう言われて、わじわじーして、塩まいて追い出したあ。
やな、ナイチャーや。勝手なこと言って。
なんで、わたしが黒人に感謝しないといけない。
オバーは、絶対、黒人、好きになれないさあ。
エリー、お母さん、おそいねえ。心配だねえ。
よしよし、よしよし・・・・。
(突然、赤電話が鳴る。)
はいはい、はいはい。今とります。
エリー、お母さんかねえ。
第3幕
葬式。店の奥、住居。さえの遺影が置かれている。外は雨。
キヨ、ひとり座っている。泣き続けている。エリーが横で寝ている。
(キヨ、遺影に向かって、語りかける。)
「なんで・・・・。殺される。あんなにいい子が。
道のそばに捨てられていたって。
雨にぬれて、かわいそうにとっても冷たくなっていたって。
沖縄の女は、犬とおなじか。
やられて、捨てられる。
顔もはれて、身体中、血だらけで
ひどい状態だったって。
さえ、フリムン。また、だまされて。
俺が子どももいっしょにアメリカに連れて行ってあげるって。
黒人に言われたって。そして、あんたは、また信じたわけ。
なんで、信じる。
なんで、クルンボー信じる。
そして、殺されて。捨てられて。
さえ、フリムン。
オバーが代わってあげられたら・・・・。
ああ・・・、こんなことがある。
ああ・・・、なんで、こんなことがある。
沖縄人は、戦争でいじめられて、
それでも、がまんして、今の生活を。
こんな小さな生活もできない。
苦労しても
がまんしても
せめて
夢をみて
幸せになろうとしても
結局ころされる。
この世の中は、
誰のためにあるか。
さえ、あんたは、身内がみんな戦争でやられて
バーのママが同じ伊江島の人だからって
ここに来て。
一生懸命はたらいて、少しは貯金できるぐらいになって。
せめて、人並みの幸せを願って。
あんたは、おりこうすぎる。
黒人にだまされて、子どももできて。
なんか、いいことあったねえ。
オバーは、だんなに先立たれて
ひとりで、子どもたち3人育てるのと店するので
とっても大変だったけど、
今は人並みの幸せは感じていた。
あんたたちが、オバーのところに来て
おしゃべりしてくれるのも本当に楽しかった。
さえ、あんたなんか、いいことあったねえ。
かわいそうに。
オバーが代われるものなら・・・・・。
(キヨ、エリーを抱く。)
エリー。
強くなりなさい。あんたは、黒人だから。
あんたは、とくに強くなりなさい。
大きくなったら、みんなに
「クルンボー、クルンボー」いわれる。
負けたらだめだよ。
オバーは、クルンボー嫌いだけど、あんたは別。
あんたは、オバーが育てる。
オバーが育てて、さえの分まで2倍強くする。
おんなは、強くならんとだめよ。
そして、かしこくなりなさい。
ソーキ骨がたりない男とちがうよ。
あんたが男をだますんだよ。
そうしないと、この世は、絶対よくならない。
オバーは、いま、ほんとうに思う。
この世は誰のためにある。
弱い人は、いつまでも損して。
バカみたいに生きて苦労して。
強い人は、いつも得して
自分たちだけ、いつもハッピー。
こんな世の中おかしい。
エリー。これから、ふたり。
強くなろうね。
そして、
バカ男たち、だまして
大金持ちになろうね。
大きな家に住んで
毎日ごちそう食べて
車も買って、遠くまでドライブして、
いろんなとこに遊びに行こうね。
楽しいはずよ。
だけど、エリー。ちょっと、まって。
やっぱり
困っている人がいたら
少しは、分けてあげようね。
(泣きながら笑う。)
第4幕
店の奥、住居。エリーの1歳の誕生日(タンカー祝い)。
キヨの前にごはん、そろばん、えんぴつ、お金、スケッチブックなど並べてある。
エリーがキヨのほうにハイハイしてくる感じ。
(キヨ楽しそう。笑顔で)
エリー。きょうは、あんたの誕生日よ。
沖縄では、むかしから、1歳の誕生日にはね。
こうやって、いろんなものを並べて、子どもに選ばせて取らせる習わしがあるんだよ。
お金とったら、将来お金持ちになるとか。そろばん取ったら計算に強くなるとか。
筆とったら字がうまくなるとか、言われているわけさあ。
エリー、はい、好きなもの取りなさい。
どれ取るかね。オバーは楽しみさあ。
はい、おいでおいで、一番最初はなんかねえ。
エリー、あんたはどこに歩いている。
こっちだよ、こっち。こっちから好きなの取りなさい。
どこに向かっている。そっちじゃないって。
そっちは、仏壇よ。仏壇に供えてあるのは、お母さんのものよ。
お母さんにもあげてよ。あんたは、こっちからと取りなさい。
仏壇に供えてあるのがいいの。おいしそうねえ。それは、お母さんの。
ごはん取るんじゃないの?
ああ、エリー。写真を・・・・。お母さんの写真を・・・・。(泣きながら)
だめよお。おいて。おりこうだから、おいて・・・・。
こっち来て、はい、はい、はい、お金、取りなさい。エリー。
なんでこんなときに写真とるか。
ああ・・・かわそうなエリー。
はい、はい、お金、はい、エリー。
つぎは、そろばん、はい、はい、とって、エリー。
わたしがとったら、意味ないねえ。(ちょっと笑う)
はい、金持ちなれ。金持ちなれ。
はい、そろばん。はい、はい。
リキヤーなれ。リキヤーなれ。
強くなれ。強くなれ・・・・。
(くりかえす。最後は泣いているので言葉にならない。)
(突然、赤電話、鳴る。)
はいはい、今とります。はいはい今とります。
(電話で話してる)
もしもし、おじさん。こんばんは。
えっ、なんで、あわてて。
たいへんなってる?
中の町。はい。えっ、火つけてる。はい。はい。すぐ、行きます。
(電話きる。)
もう、たいへんなった。
エリー、ケーキ食べてる場合ではないよ。
早く出かけるよお。
おじさんが電話で教えてくれたけど、大変なことが起きているって。
中の町で。行くよう、早く、早く。
沖縄の人がアメリカ人の車、引っくり返して燃やしているって。
早く、オバーも行って、協力しないと。
いつまでも、アメリカ人にバカにされて暮らせるか。
エリー、早く、オバーの背中に乗りなさい。おんぶするからね。
ひもでしばるけど、強くつかまえていなさいよ。
今日は、お母さんの敵討ちだよ。
ふたりで一緒に敵討ちだよ。
エリー、ちゃんと見ておきなさいよ。
エリー、ちゃんと覚えておきなさい。
これが、コザ。
これが、ウチナー。
オバーは、ぜったい、負けない。
エリー。ちゃんとオバーの背中につかまりなさい。
絶対はなしたら、だめよお。
はい、出発。レッツゴー。(笑う)
(けたたましいサイレンと赤電話の音がする)
第5幕
現在、2010年。店の前。41歳になったエリー、
肩に名前入りのたすきを掛け、選挙演説。
みなさん、こんど、沖縄市長選に立候補しました
大城エリーでございます。
ご支援よろしくお願いします。
私は、1969年、ここ沖縄市で生まれました。
みよりのない私を育ててくれたのは、
もう亡くなりましたが大城キヨさん、この店を
10年前までやっていた方です。
キヨさんの口癖は、ふたつありました。
ひとつは、
「おばーは、コザ暴動のとき、あんた、おんぶして
みんなと一緒に、アメリカーの車、75台も
ひっくり返したよお。あんた、おぼえてるねえ。
おばーは、燃えたよ。最高だったさあ。」
という話です。
ちょうど、その日は私の1歳の誕生日でした。
はっきりは、おぼえていませんが、
おばーの背中で、赤々とした炎が
ものすごく熱かったような記憶があります。
そして、もうひとつの口癖は
「あんたは、黒人だから、必ずいじめられる。
強くなりなさい。また、みんなにバカにされないように
ちゃんと勉強して、かしこくなりなさい。」
というものでした。
キヨさんは、なんの血のつながりもない私を
育てるだけじゃなく、大学まで行かせてくれました。
私が弁護士になれたのも
すべて、キヨさんのおかげです。
それで、
市長選立候補の第一声は、この店の前でと
決めていました。
有権者のみなさん。
コザ暴動から、ちょうど40年たった今。
私は、大城キヨさんの遺志を継ぐために
立候補しました。
大城キヨさんが
私に教えてくれたこと。
大城キヨさんは、ある意味、戦後沖縄の
オバーたちを象徴している方です。
どんなに苦しくても、けっして弱音を吐かない、
ほんとうに強い、パワーあふれる存在。
戦争で苦労して、青春もなく、
何もかも、すべて奪われて
戦後も、また生きるために必死に働いてきた人たち。
そんなオバーたちが、
それでも、
「やさしさを忘れない」。
「人への思いやりを大切にする」。
私みたいなものを育ててくれた。
「人が人として生きること」は
理屈でも学問でもない。
無学なオバーたちが
その行動を通して
私たちに語りかける。
コザ暴動から40年。
「人が人として生きること」が
できるようになっていますか。
沖縄は、
あれから良くなりましたか。
私たちは、何を得、何を失ったのでしょう。
変わったものと変わらないもの。
私たちは、何をめざしてきたのでしょう。
今のままでいいですか。
私たちが、ほんとうに欲しかったものは、
何だったのでしょうか。
みなさんが、欲しかったものは、
今、手の中にありますか。
私たちが、ほんとうに望んでいるのは、
何ですか。
みなさんが、ほんとうに望んでいるのは
何ですか。
みなさん、チェンジです。
変えましょう。チェンジしましょう。
黒人初の沖縄市長に清き一票を!
(明るく笑顔で)
赤電話が鳴り響くなか、幕。
(岡林の「私たちの望むものは」が流れている。)
Posted by コザ銀天大学 at 09:48│Comments(5)
│コザ文学賞応募作品
この記事へのコメント
ご質問ですが、仲田さんは今もそうですけど、昔 何がしかの文化活動
関われてたんですか?
大川
関われてたんですか?
大川
Posted by ano (art network Okinawa) at 2010年01月09日 11:26
はぁぁ~。エリーが立候補した場面では涙が出ました…。
まだ仕事中なのに…(笑)
凄いですね。本当、ぜひ舞台で見てみたいです!
素敵な作品をありがとうございました。私も、書いてみようかなぁ。。。
まだ仕事中なのに…(笑)
凄いですね。本当、ぜひ舞台で見てみたいです!
素敵な作品をありがとうございました。私も、書いてみようかなぁ。。。
Posted by Hikaru at 2010年01月09日 19:59
大川さん
Hikaruさん
コメントありがとうございます。
きょうの
「銀天街サロン」(交流会)で
飲みながら
話しましょうね。
よろしく。
青年部長
Hikaruさん
コメントありがとうございます。
きょうの
「銀天街サロン」(交流会)で
飲みながら
話しましょうね。
よろしく。
青年部長
Posted by 仲田 at 2010年01月10日 10:07
部長!
構成が良いですね。
私の感想は、第5幕エリーの演説が重い。言いたいことはとてもよくわかりますが、ここは説明が無くても十分主役の気持ちは伝わります。
読んでいる側(見ている側)が想像する余裕を残しても良いのではないでしょうか?
語らなくても、この作品なら見ている側の気持ちの中に、エリーの演説は響くのではないでしょうか?オバーを象徴する小物とかをだして、ちょっとエリーが見つめたりしたら、見ている側はイチコロですよ。
私も負けない!芝居書きます!!
構成が良いですね。
私の感想は、第5幕エリーの演説が重い。言いたいことはとてもよくわかりますが、ここは説明が無くても十分主役の気持ちは伝わります。
読んでいる側(見ている側)が想像する余裕を残しても良いのではないでしょうか?
語らなくても、この作品なら見ている側の気持ちの中に、エリーの演説は響くのではないでしょうか?オバーを象徴する小物とかをだして、ちょっとエリーが見つめたりしたら、見ている側はイチコロですよ。
私も負けない!芝居書きます!!
Posted by kamado at 2010年01月14日 18:13
kamadoさん
感想ありがとうございます。
あすの
銀天街まつり「ひーじゃーブース」で
ゆっくり話しましょう。
青年部長
感想ありがとうございます。
あすの
銀天街まつり「ひーじゃーブース」で
ゆっくり話しましょう。
青年部長
Posted by 仲田 at 2010年01月15日 09:28